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「小松寺 (小牧市)」の版間の差分

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2009年1月25日 (日) 08:49時点における版


小松寺

本堂
所在地 愛知県小牧市大字小松寺1121
位置 北緯35度18分39.94秒 東経136度56分49.91秒 / 北緯35.3110944度 東経136.9471972度 / 35.3110944; 136.9471972
山号 愛藤山
宗派 真言宗智山派
本尊 千手観世音菩薩
創建年 伝・天平勝宝年間(729年~749年頃)
開基 伝・行基
別称 小松観音
札所等 小牧十観音1番札所、尾張西国三十三観音7番札所
文化財 本堂、絹本着色千手観音菩薩像、銅製釣灯籠
法人番号 7180005008444 ウィキデータを編集
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山門

小松寺(こまつじ)は、愛知県小牧市にある真言宗智山派寺院で、山号は愛藤山。小牧十観音第一番札所であり、かつ尾張西国三十三観音第七番札所でもある。創建は天平勝宝年間。歴史上何度か焼失したが、その度に再建され現在に到る。

歴史

天平勝宝年間に、行基菩薩によって創建された」と伝えられている。その後1173年承安3年)に、一帯を荘園として所有していた平重盛が建物を改築し、領地を与えたことから、彼の別称である「小松殿(または小松内大臣)」から「小松」を取って、「小松寺」と称するようになった。

鎌倉時代1221年承久3年)に起こった承久の乱で、寺院は焼失。以後長い間(約250年間)に渡って、廃寺となっていた。しかし「文明年間に、全慶僧侶によって再興された」と伝えられている。

1584年天正12年)に起こった小牧・長久手の戦いでは、小松寺周辺に豊臣方を築づき、陣地を張った。その後撤退する際を付けられ、建物や宝物などが焼失。しかしその後再建され、1595年文禄4年)に、豊臣秀吉から領地を与えられている。

江戸時代初期の1621年元和7年)には、徳川義直から領地を与えられ、1657年明暦3年)には、現在の本堂の建設が行なわれている。

年表

所蔵品・文化財

交通機関

関連書籍

周辺

寺院を含む一体は、地名も「小松寺(こまつじ)」となっている。

  • 八所社
  • 小松寺団地
  • 小松寺砦跡

関連項目

外部リンク