コンテンツにスキップ

松岡健一

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
松岡 健一
東京ヤクルトスワローズ 二軍投手コーチ #84
コーチ時代
(2019年6月8日)
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 熊本県玉名市
生年月日 (1982-06-07) 1982年6月7日(42歳)
身長
体重
181 cm
85 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2004年 自由獲得枠
初出場 2005年9月13日
最終出場 2018年10月8日(引退試合)
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
コーチ歴
  • 東京ヤクルトスワローズ (2019 - )

松岡 健一(まつおか けんいち、1982年6月7日 - )は、熊本県玉名市出身の元プロ野球選手投手)。2019年から東京ヤクルトスワローズの二軍投手コーチを務める。

来歴・人物

[編集]

プロ入り前

[編集]

高校卒業後は九州東海大学(現・東海大学九州キャンパス)に進学する。1年秋に県リーグでMVP、4年の大学選手権では初戦で中田賢一北九州市立大)と投げ合って完投勝利でベスト8[1]。2004年に東京ヤクルトスワローズが自由枠で指名し、入団が決まった。背番号は21

ヤクルト時代

[編集]

2005年にプロ初勝利を挙げた。

2008年シーズン途中にセットアッパーに定着した。同じく中継ぎの五十嵐亮太、そして抑えの林昌勇らと共に、試合終盤は松岡、五十嵐、林昌勇というリレーが勝利の方程式として確立された。最終的に自己最多の65試合に登板し、防御率1.39、リーグ2位となる29ホールドを挙げている。

2009年も、前年同様セットアッパーを任され、6勝4敗17ホールド、防御率4.72の成績を残した。オフに右ひじの遊離軟骨を除去する手術を受けた。

2010年、1月3日に結婚。前年に続き、開幕一軍入りを果たす。増渕、松岡、林昌勇という勝利の方程式を形成し、防御率1点台前半という成績で前半を終える。8月にチームが10連勝を記録した際は、10試合中8試合に登板し1失点に抑えた。最終的にはチーム最多登板記録を更新する73試合に登板し、3勝4敗、セリーグ2位の34ホールド、防御率2.64という成績を残した。

2011年も、セットアッパーとして押本健彦とともに5連投するという場面も見られた。最終的には63登板で、防御率2.86、23ホールドを記録した。

2012年序盤の4月13日に右足内もも痛で離脱。10月1日に1軍復帰し、7試合に登板して失点0の成績を残した。

2013年開幕から中継ぎとして起用されるが、館山昌平の離脱などにより先発陣が手薄となったこともあって、4月29日の横浜DeNAベイスターズ戦で7年振りとなる先発登板を果たし、6回1失点で勝利投手となった。その後中継ぎに戻るものの、しばしば先発を任されるようになり、10月2日読売ジャイアンツ戦では3安打9奪三振で自身初の完封勝利を挙げた。先発としては7試合で3勝、防御率3.68の成績を残した。

2014年5月18日の中日ドラゴンズ戦で先発登板し、8回を3失点に抑えて1勝目を挙げる[2]。その後はチーム事情からリリーフに戻った。

2015年は38試合に登板。5年ぶりにセーブを記録したほか、自身初のリーグ優勝も経験した。

2016年は自身5年ぶりの50試合登板を果たした。

2018年5月2日

2018年9月29日に2018年シーズン限りでの現役引退が報道された[3]。10月8日、明治神宮野球場での阪神タイガース戦の7回表一死から同じくこの日引退する山本哲哉と交代し引退登板、梅野隆太郎を三ゴロに打ち取り板山祐太郎に右前安打を打たれるが植田海を三振にとり現役生活を終えた[4]。試合後には引退セレモニーが行われ、ファンや関係者に感謝を伝えた[5]

現役生活14年で通算127のホールドを挙げたが、これはヤクルトの球団記録でありNPB歴代でも17位に入る(いずれも2021年シーズン終了時点)。

引退後

[編集]

2018年10月31日に、2019年より東京ヤクルトスワローズの二軍投手コーチに就任することが発表された[6]

選手としての特徴

[編集]

平均球速約142km/h[7]、最速152km/hのストレートフォークボールカーブスライダーカットボールシュートを投じる。

詳細情報

[編集]

年度別投手成績

[編集]




















































W
H
I
P
2005 ヤクルト 4 4 0 0 0 1 2 0 0 .333 92 23.2 22 4 3 0 0 12 1 0 10 10 3.80 1.06
2006 1 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- 3 1.0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0.00 0.00
2007 11 10 0 0 0 4 2 0 0 .667 219 49.0 69 8 9 1 2 35 1 0 32 31 5.69 1.59
2008 65 0 0 0 0 5 3 0 29 .625 280 71.1 51 4 17 0 3 54 2 0 12 11 1.39 0.95
2009 52 0 0 0 0 6 4 0 17 .600 243 55.1 66 5 14 1 1 53 2 0 30 29 4.72 1.45
2010 73 0 0 0 0 3 4 3 34 .429 295 71.2 64 9 11 1 3 69 4 0 29 21 2.64 1.05
2011 63 0 0 0 0 2 2 0 23 .500 252 63.0 50 5 12 0 2 43 1 0 23 20 2.86 0.98
2012 7 0 0 0 0 0 0 0 2 ---- 29 6.1 8 0 2 0 1 5 0 0 0 0 0.00 1.59
2013 34 7 1 1 0 3 3 0 0 .500 299 66.0 73 12 26 0 3 64 1 0 48 42 5.73 1.50
2014 39 2 0 0 0 3 3 0 6 .500 218 51.0 52 6 20 1 2 35 1 0 32 29 5.12 1.39
2015 38 0 0 0 0 2 0 1 4 1.000 152 36.2 31 1 15 0 4 31 0 0 14 14 3.44 1.26
2016 53 0 0 0 0 2 1 0 4 .667 246 55.1 54 4 31 2 3 39 1 0 25 23 3.74 1.50
2017 37 0 0 0 0 0 1 0 8 .000 137 33.1 31 5 11 0 2 28 0 0 13 13 3.51 1.26
2018 14 0 0 0 0 1 0 0 0 1.000 73 14.2 16 1 9 0 2 14 2 0 11 8 4.91 1.70
通算:14年 491 23 1 1 0 32 25 4 127 .561 2538 598.1 587 64 180 6 28 482 16 0 279 251 3.78 1.28

記録

[編集]
初記録

背番号

[編集]
  • 21(2005年 - 2018年)
  • 84(2019年 - )

脚注

[編集]
  1. ^ 2005スポニチプロ野球プレイヤーズ名鑑
  2. ^ 松岡 今季初登板で8回3失点好投、低め徹底で4併殺取ったスポーツニッポン 2014年5月18日付記事
  3. ^ 松岡、今季限りで現役引退 ヤクルト一筋14年…球団最多150ホールドポイントサンケイスポーツ 2018年9月29日付記事
  4. ^ INC, SANKEI DIGITAL. “ヤクルト・山本&松岡が引退登板 投手リレーで1回を無失点”. SANSPO.COM. 2021年4月9日閲覧。
  5. ^ 【引退あいさつ】ヤクルト・山本「抑えたことよりも、打たれたことの方が…」 - SANSPO.COM(サンスポ)”. www-sanspo-com.cdn.ampproject.org. 2021年4月9日閲覧。
  6. ^ “ヤクルトが来季コーチングスタッフ発表 2軍に橋上チーフ、松岡投手コーチら”. full-count. (2018年10月31日). https://full-count.jp/2018/10/31/post239835/ 2021年12月8日閲覧。 
  7. ^ 『2012プロ野球オール写真選手名鑑』日本スポーツ企画出版社、2012年、96頁頁。ISBN 978-4-905411-04-8 

関連項目

[編集]

外部リンク

[編集]